スピノサウルスと言えば、背中の帆が特徴的な大型肉食恐竜。恐竜好きなら、パッとその姿が思い浮かびますよね。
しかし、「帆の役割は何だったのか?」と問われると、難しい問いだったりします。
本記事では、スピノサウルスの帆についての最新研究をご紹介していきます。それでは早速。
スピノサウルスの基本情報
- 体長:12〜18m
- 体重:約10t
- 生息年代:後期白亜紀
- 生息地:現在のエジプト、ニジェール
- 神経棘の長さ:椎体(1個)の長さ = 7.85:1
体重は、
- 体型が華奢なため軽めにする説
- 水生生活に適応し浮力を殺すため骨密度が高くなり、20トンほどだとする説
など議論があります。
スピノサウルスの帆 正体は?役割は?
Wikipedia
スピノサウルスの神経棘の役割は未だよくわかっておらず、様々な説があります。多くの説では、神経棘は帆のような構造だったと考えられています。
体温調節説
最もよく知られているのは、「神経棘には血管の張り巡らされた帆が付随しており、体温調節の機能を果たしていた」という説。
一般的に、体が大きい動物ほど、熱が逃げづらくなります。スピノサウルスは推定最大体長18m、推定最大体重20t(諸説ありますが)に達する、巨大な陸上動物。ティラノサウルスや現代のアフリカゾウと比べても、はるかに大きな体格です。
- 恐竜の体温調節機能については様々な議論があり、
- 我々哺乳類のように、気温に左右されず体温調節ができる「恒温動物」説
- 蛇など現代の爬虫類のように、気温によって体温が変わる「変温動物」説
- 仕組み自体は変温動物だが、巨体すぎて熱が逃げづらく、外気温低下の影響を急速に受けない「慣性恒温」説
などなど。
もし、スピノサウルスの恒温性があまり高くなかったと仮定した場合、熱が逃げづらい巨体のスピノサウルスにとって体温調節は死活問題になるはずです。
そんな時に都合が良いのが、「表面積が広く、大量の血管が張り巡らされた体組織」。神経棘に広大な帆がついていたと考えると、(恒温性が高くなかった場合の)体温を逃す役割にうってつけなのでは?と考えられるわけです。
ただし、この説については反論も存在。
大量の血管を張り巡らせた広大な帆は、「放熱作用よりむしろ吸熱作用の方が強くなるのでは?」というものです。(この辺は、スピノサウルスの血管の「収縮⇔拡張」の機能性にもよる気がしますね。)
ちなみに、この反論を述べた学者(ジャック・ボウマン・バイリー)は、「背中の神経棘に巨大な脂肪の塊があり、熱を遮断していた」と提唱しています。
異性へのアピール説
動物の目立つ構造や変わった形の構造は、多くの場合、交尾の際に異性を惹きつける求愛の役割を持っていたりします。現生の動物だと、クジャクがわかりやすいと思います。
スピノサウルスの帆も、求愛のために使われていたという説もあります。もし、求愛のための構造とすれば、雄雌で差があった可能性も考えられるそう。
獣脚類から進化した鳥類は色覚が優れています(果実の色が鮮やかなのも、鳥類に食べてもらう目的のものが多いため)。獣脚類も色を識別する能力が優れていたかも。背中の帆は鮮やかな色をしていた可能性もありますね。
また、異性に対してであると同時に、ライバルに対する威嚇としての役割も備えていた可能性もあります。
スピノサウルスが水生動物だったとすると、背中の帆は、「水中で獲物からは見えないが、水面上に顔を出している同種には見える」構造ともいえます。
スピノサウルスの背中の帆は、こうしたディスプレイ(誇示)のために進化したとも考えられます。
- 求愛・威嚇(ディスプレイ)説:エルンスト・シュトローマー、ニザール・イブラヒム
泳ぐときに使う説
スピノサウルスの帆の形は、最近の研究では長方形状だったと考えられています。この形はカジキの背びれに似ており、泳ぐ際に流体力学的に機能したのでは?という説もあります。
実際、モロッコで新たに発見されたスピノサウルスの化石からは、尻尾からも神経棘が伸びていました(2020.4.29 科学誌natureの論文にて発表)。推測するに、「尻尾は、上下に高く幅が狭い、ヒレのようになっていたのでは?」と言うことに。ワニのしっぽのような形です。
(尻尾の模型を作ってテストしてみたところ、泳ぐのに適していたことが判明したようです。)
つまり、スピノサウルスはかなり水中生活に適応した、泳ぎに適している体の構造を手に入れていたといえるのです。そうなると、背中の帆も、泳ぐときに背びれとして機能していた可能性も、十分に考えられますね。
- ヒレ説:ギムザ
コブだった説
スピノサウルスの背中の神経棘は、「帆ではなかった」と言う可能性を唱える研究者もいます。
これは、
- 突起の形が、バイソン(現生)やメガセロプス(絶滅)など、コブを持つ哺乳類のものに似ている
- 帆だったとすると、血行が悪かったことが推測される
などと言う根拠に基づいています。
- コブ説:エルンスト・シュトローマー、ジャック・ボウマン・バイリー
- 皮膚説:ニザール・イブラヒム
復元図の変遷
スピノサウルスの帆は、以前は半円状で描かれていましたが、近年では長方形で描かれるようになっています。
2014年以前:半円状
▲見慣れているのはこちら?
多くの方が見慣れているのは、この復元図ではないでしょうか?半円状の帆、いかにも肉食恐竜らしい体型。
一昔前までは、帆だけでなく、後脚や尻尾も、今とは全く違う復元図でした。
2014年以降:長方形
▲最新の復元は、バショウカジキのような背びれ Wikipedia
2014年に新しく記載された標本をもとに、水生動物としての復元図で描かれるようになりました。この時に、背中の帆は長方形に。ただし、尻尾はまだ、一般的な獣脚類と同様に細いままで描かれていました。
2020年に、スピノサウルスのものと発表された尾椎の化石からも神経棘が確認されたため、ヒレのような尾で描かれる現在の復元図になりました。
スピノサウルス以外の恐竜にも帆はあった?
スピノサウルス以外の恐竜にも、神経棘を持っているものはいました。
スピノサウルス科の帆(神経棘)を持った恐竜
まずは、近縁のスピノサウルス科から。
イクティオヴェナトル
- 体長:約8.5m
- 体重:約2t
- 神経棘の長さ:椎体(1個)の長さ= 4.1:1
スピノサウルスほどの長さではありませんが、脊椎から非常に長い神経棘が伸びていました。
神経棘は、途中で短くなり、前後に2つに分かれた変わった形状をしていました。
バリオニクス
- 体長:7.5〜9m
- 体重:1.2〜1.9t
- 神経棘の長さ:椎体(1個)の長さ= 1.9〜2.7:1
大型の魚食恐竜です。数種の肉食恐竜と共存していましたが、どれよりも大きな体格をしていました。
前脚の巨大な爪が特徴。漁の際に地面に爪を突き立て、姿勢の保持に使ったと考えられています。
オキサライア
- 体長:12〜14m
- 体重:5〜7t
- 神経棘の長さ:椎体(1個)の長さ…不明
頭の骨しか見つかっていませんが、スピノサウルスに非常に似ている恐竜です。よって、定かではありませんが、スピノサウルスに近い神経棘を持っていたのではないかと考えられています。
その他の帆(神経棘)を持った恐竜
オウラノサウルス
スピノサウルスの神経棘に比べ、分厚い形状をしていました。
スピノサウルスの生息地と重なる、ニジェールに生息していました。
レッバキサウルス
スピノサウルスやオウラノサウルスと生息地が重なっていました。これらの恐竜の、生息地と形状の共通点は、環境に適応する進化の可能性はあります。
この3種が生息していた地域は、気温が高かったと考えられています。(こうなると、少なくとも体温調節の役割はあったのでは?と考えるのが自然ですね)
いずれにせよ、「神経棘(おそらく帆)を発達させることで、生存に有利になる環境」だった可能性が考えられます。
その他の帆(神経棘)を持った古代動物
ディメトロドン
古生代ペルム紀に生息していた単弓類のなかま。脊椎から非常に長い神経棘が伸びており、帆になっていたとれています。
爬虫類のような見た目ですが、系統的には異なり、むしろ哺乳類の先祖に近縁です。
まとめ
スピノサウルスの研究は近年大きく進歩しており、つい10年前ほどとは全く違う、新しいスピノサウルス像ができつつあります。
とはいえ、どれだけ科学が進歩しても、生きていたときの姿を見ることはできません。しかし、知識と推測を活用し、決して見ることができない真実に近づくことができるのが、古生物学です。
背中の神経棘の役割は何だったのか?決定的になる日もそう遠くはないかもしれません。
それではまた。